自己犠牲の連鎖を断ち切ろう。自己犠牲からのサポートをしていないかを見直そう。

天使のスピリチュアルブログ

 

みなさま、こんにちは。

今日の記事内容は自己犠牲についてです。

自己犠牲とは、自分を犠牲にして相手や事柄に尽くすことを言いますよね。

相手を思い行動することと自己犠牲をして相手へと尽くすことの違いを皆様はどうお考えでしょうか?

 

本日のテーマ
自己犠牲の連鎖を止めよう。愛と自己犠牲のボーダーラインは?

Bellの主観も入れつつ書いていきます。

 

 

自己犠牲と愛のボーダーライン。自己犠牲の連鎖を断ち切ろう。

自己犠牲が素晴らしいという考え方が美徳とされている日本。

私は少し歯痒さを覚えます。

 

例えば、プレゼントを渡す方が何を渡すのか・相手が何が好きなのか…と相手を考えて選びますが、

もらう側は、何が欲しい?と問われる前に

『〇〇じゃないといらないから!〇〇以外は受け付けません!』と求め、それ以外は受け付けない態度をとるのと同じで。

 

『お客様は神様だから俺の要求を飲んで当たり前だ!無料にして当たり前だ!』

とわがまま放題を押し付けるお客様がいますが、もはや、お客様と呼んで良いのか?と。

 

どうして、こちら側が(自分を)犠牲にしてまで相手の望むことをやり切らなければいけないのだろうか?

わがままを聞かなきゃいけないのだろうか?

 

自分を犠牲にしてまで相手の望みを叶えることが美しいというなら、

それってなんか違うよな〜って思うんです。

 

自分がやりたいのか、それともやらされているのか?あなたはどちら?

ちょっとだけ私の話をすると、お姑さんとの関係はどちらかと言えば良好で、

お姑さんもお仕事をしているので、たまに夜ご飯のおかずを届けに行ったりします。

1ヶ月に一回は一緒にご飯を食べたり、お姑さんの得意な和菓子を作って持ってきてくれたりとなんだかんだ仲がいいのです。

こんな風にお姑さんとの関わりを友人に話すと、驚かれます。

なんでそんなことするの?とか気を遣って大変だね。と。

 

いやいや、別にやらせてる感ではやっていないし、やりたいからやるんだと話します。

仕事が遅いと大変だろうなぁとか、一食分でもメニューを考えなくていいなら楽かな?と思って届けていますが、

仮にお姑さんが当たり前だという態度を取ったり、私が無理を強いられているようならそもそもやろうとは思わないんです。

やらされているのか。それとも、自らやっているのか。

ここが自己犠牲と愛のボーダーラインではないでしょうか。

 

やらされている感が自己犠牲で自らやるのが愛だ。

我慢をして、やらされてる感でしているのは自己犠牲になりやすい。

もし、そんな行動をしていたらきっとこんな言葉が出てくると思う。

  • あなたのために言っている。
  • あなたのことを考えて言ってるの。

と。

もし、こんな言葉を言いかけてしまっているなら、黄色信号かもしれません。

 

あなたのために…と言うけれど、本当にその選択が相手にとって幸せな選択なのかは本人しかわからない。

AとBのどちらか一つが正解とも限らない。

そして、選択して進むことが出来るのは本人のみだから。

 

それを踏まえ、自己犠牲をしてしまうのは自分の中の欲望が関係していたりします。

 

  • 必要とされたい。
  • 認められたい。
  • めんどくさいことから逃れたい。
  • 助けることが気持ちいい。
  • 助けている自分を感じていたい。
  • 見返りが欲しい。
  • 凄い人と思われたい。など…

という隠れた欲望。

 

あなた(相手)のためなのか。

それとも自分のためなのか。

どちらが本心でしょうか。

 

Bellの衝撃的な飲み会

話は少し飛ぶかもしれませんが、以前の職場の飲み会に参加させていただいた時、

違う部署の方との合同の飲み会だったのですが、ある方がこんな風に言っていました。

『私はさ、誕生日プレゼントに(相手に)何万もする靴を渡したのに、私の誕生日来る前に別れたから(プレゼントを)回収できなかった〜』

と。

∑(゚Д゚)

ってなったのを覚えてます(笑)

衝撃的でした(笑)

 

自分が幸せであるからこそ良いサポートが出来る。あなたが支えたい人の重荷にならないために。

自己犠牲は、自分は我慢して相手のために尽くすことを指していますが、

私はそれ以外にもこんな風に考えます。

自己犠牲をし始めた時、私たちは、自分を崩壊させる未来へと歩みはじめているのだと。

 

"誰かのために生きる"

ことは素晴らしいことです。

そこに第一条件としてあるものは、自分が幸せでなければならず、

そこが欠けてしまうと大切な人へ圧力をかけてしまうだけの自己犠牲のサポートになってしまいます。

 

そして、

"あなたのために あなたのために"

と相手にだけでなく、自分自身に

私の考えは間違っていない、私の言うことを聞きなさい!

と主張して言い聞かせたいだけになり、いずれ、相手の重荷になり、段階を経て自分を無くしてしまいます。

自分を無くす=自己犠牲

から誰かを支えることはできるでしょうか。

 

自己犠牲で人を支えるのではなくて、自分も幸せな状態で誰かを支えられるといいですよね^^

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"自分自身で決断をすること"が大切です。

 

それはカッコいいことでもなくて、諦めると決断することも、スタートしようと決断することも含まれます。

生きていれば、目指した方向、望んだ道にいけないことの方が多いし、

挫折することも多いけれど、一つ一つ、自分自身で歩みを決断していくからこそ、自信へと繋がっていく。

 

 

自信が持てないとよく息子が言います。

自信がなければ行動ができないと話す息子に私は『それはお門違いである』と返答します。

自信へ繋がる過程から目を背いているのはあなたで、

受け止める準備が出来ていないのもあなたの方だ。

と言うんです。

 

自然と湧き出る自信を待つのではなくて、自信へ繋げるための行動やきっかけにどれだけ向き合えたのか。

自信を与えてくれるような経験やきっかけを誰かがセッティングしてくれたとしても、

一つ一つを丁寧に向き合う自分が必要であることを伝えます。

 

それでもなかなか踏み出せない息子たちの姿を見ると、

"踏み出す力って人は持ち合わせないんだなぁ。作り出す(経験を積み上げる)ものなんだなぁ"

って感じるのです。

踏み出して、行動を重ねて、自信になる。

単純でシンプルなこと。

 

自分が我慢すれば良いは逃げているだけの言葉。自己犠牲の連鎖を断ち切り、幸せになろう。

自己犠牲を日常的にしてしまっている、無意識にしてしまっている方は、

"自分が我慢すればいい"

という考えに至る方が多くいます。

 

自己犠牲は判断力を失うんですね。

あなたが我慢すれば良いなんて、ダメ。

あなたはあなたの人生があって、あなたはあなたを生きる権利がある。

誰かをサポートしていくなら、まずは自分を幸せにしてあげてからでも遅くはない。

 

目に見えた(物質からの)幸せではなく、本能から(心の奥から)の豊かさ、幸せに目を向けて見てほしい。

自己犠牲からではく、本心から相手を思える行動を心がけていきたいものですね。

 

それでは素敵な一日をお過ごしください°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

 

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